生成AIの進化によって、ファッションジャーナリズムも大きく変わり始めています。AIはコレクション画像を分析し、トレンドを整理し、記事まで自動で作成できるようになりました。「情報を伝える」という仕事は、これまで以上に効率化されています。
では、そのような時代に、人間が書く批評にはどのような価値があるのでしょうか。
AIは、ブランドの歴史やデザインの特徴などを正確かつ客観的にまとめることが得意です。しかし、ファッションは情報だけでは語れません。一着の服には、時代や文化、デザイナーの思想、そして見る人それぞれの感情が重なっています。同じコレクションでも、感動する人もいれば、違和感を覚える人もいます。その違いは、データだけでは説明できないものです。
人間の批評には、その人自身の経験や価値観があります。人生で見てきた景色や文化、積み重ねてきた体験が、その人だけの視点を生み出します。だからこそ、同じショーを見ても、書き手によってまったく異なる解釈が生まれるのです。
もちろん、人間の文章には主観や偏りがあります。しかし、その「偏り」こそが、他の誰にも書けない言葉を生み出します。AI時代になるほど、このような個性的な視点の価値は、むしろ高まっていくのかもしれません。
これからは、AIが情報を整理し、人間が意味を読み解くという役割分担が進んでいくでしょう。求められるのは、事実を並べることではなく、「なぜそう感じたのか」「この服は社会に何を問いかけているのか」を、自分の言葉で語ることです。
AIが「情報」を届ける時代だからこそ、人間には「解釈」と「思想」を届ける役割があります。それこそが、これからの批評の価値なのではないでしょうか。
あなたは記事を読むとき、「情報」読んでいますか?
それとも、その人にしか語れない「視点」や「思想」を読んでいますか?
執筆:木内 潤一